2010.3.10
千總の土地(1)~三条烏丸御所跡

千總本社(三条烏丸)は、今から約900年前の平安時代は、「三条烏丸御所」(三条南殿)がありました。鳥羽上皇に献上された「三条烏丸御所」は歴代の天皇が出入りした寝殿造の邸宅に島を伴う池、玉石敷きの遣水と大小の景石で構成されている庭園跡です。庭園で曲水の宴を開くなど天皇や貴族たちによる平安の王朝貴族の雅の場である中心的サロンとなっていた意義深い跡地です。

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千總の新社屋を建てる際、京都市埋蔵文化財研究所が発掘調査を行い、数々の遺構を検出しました。

 

千總では、平安時代の王朝貴族の優雅な生活の場に思いを馳せながら、この地で雅やかな友禅のきものを製作しています。現在、庭園は今様のサロン「IYEMON SALON KYOTO」から眺めることができます。上流から盃を流し、盃が自分の前に来るまでに詩歌をつくって遊ぶ曲水の宴を想像しながら、庭園を眺めていてはいかがでしょうか?

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 昭和62年度に財団法人京都市埋蔵文化財研究所が株式会社千總の委託を受けて発掘調査を実施しました。この調査によって、平安時代に造られた島を伴う玉石敷きの遣水と大小の景石で構成されている庭園跡の一部及び建物の柱などを検出しました。景石は北側陸部に5個、遣水内に2個、島の上に1個が検出されました。また、庭園の重要な構成要素である花、草木などの植物類については遣水内の堆積土を持ち返り種子の摘出作業を行っており、庭の植生をかなり復元できています。

 これらの遺構は一町規模の寝殿造りによる邸宅の一角を成すものと見られ、各遺構からは、瓦類や、土師器、須恵器の他に釉薬を施した緑釉陶器などが多数出土しています。中には中国から輸入された青磁、白磁などの、上級貴族の所有を思わせる遺物も含まれています。寝殿造りは日本の庭園及び建築史を研究する上で、重要な位置をしめていますが、現存するものはなく、京都御所、平等院などにその様式を伺えるにすぎません。この寝殿造りと見られる邸宅の一端を発掘調査によって検出したことの意義は大きいといえましょう。(財団法人京都市埋蔵文化研究所)

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