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COLUMN

2023年06月20日

友禅屏風によせる歌

本コラムは千總ギャラリーで開催している展覧会をより深くお楽しみいただくために、展示作品について深掘りし、会場では触れられていない時代や文化の背景などを取り上げます。
ギャラリー1で開催中の「価値をたずねる」展では、榊原文翠(1824~1909)が記した〈沈南蘋画幅友禅染由来記〉が展示されています。今回はこの由来記の後半に詠まれた和歌を読み解くことで、作品に対する理解を深めていきたいと思います。

価値の在処

すぐれた美術工芸品を見たとき、私たちはしばしばその制作者の苦心や制作するに至った背景に思いを馳せます。むしろ、作品の裏側にある「過程」にこそ、ゆるぎない価値が隠れているといえるでしょう。

榊原文翠筆〈沈南蘋画幅友禅染由来記〉明治18年 千總蔵

例えば、明治神宮所蔵〈十二ヶ月禽獣図屏風〉の価値を裏付ける資料が、株式会社千總に遺されています。それが〈沈南蘋画幅友禅染由来記〉です。〈十二ヶ月禽獣図屏風〉は明治初期に千總が宮内省(現宮内庁)へ納めた、友禅染と刺繍によって制作された屏風で、この画期的な作品は友禅染が評価される契機となったといわれています*1。その制作の由来を記したのが〈沈南蘋画幅友禅染由来記〉で、巻子状の本品は前半が由来書(展示中)、後半が和歌詠草となっています。前半と後半で筆跡が異なるため、和歌詠草を入手した当時の千總当主·12代西村總左衛門が文翠へ前半の由来書の執筆を依頼し、現在の形となったと考えられます。

和歌詠草には宮内省御用御歌掛であった桂園派の歌人·渡忠秋(1811~1881)が詠んだ12首の和歌が記されています。その一部を読み解き、完成当初の〈十二ヶ月禽獣図屏風〉を見た忠秋の感歎を味わってみましょう。

染を歌へ

〈沈南蘋画幅友禅染由来記〉和歌詠草部分 千總蔵

〈模写 沈南蘋「花鳥図」〉
のうち「柳上雄鶴」(千總蔵)

和歌は1幅につき1首が詠まれ、それぞれの題は元となった画幅の題をそのまま採用しています。その中から3首を以下に取り上げました。

 群鳥倚竹   
 ○呉竹のはやしにむれてくる鳥は
 いくよの千代か呼かはすらむ

 雙鹿過洞
 もろこしの芳埜の瀧の秋風に
 茗のねたかく聞えけるかな

 柳上雄鶴
 ○青柳の糸よりかけのしたり尾に
 くもゐの庭にあはせてしかな

これらの首にはいずれも、典拠となったと思われる和歌や文章があります。一首目は「わが友と 君が御垣の呉竹は 千代にいく世の かげを添ふらん」(『千載和歌集』巻10、賀歌608)で、呉竹、鳥、幾代の千代というフレーズが共通しています。千代の「よ」は竹の節(よ)に通じ、蓄積されていく時間のイメージが重ねられています。
また、二首目は「茗の音」が鹿の鳴き声を指していますが、古典を参照すればさらに深い読み解きが可能です。すなわち「鹿鳴」が『詩経』小雅の詩の中で、君主が臣下を招いて饗宴を催していることになぞらえられているため、この首では意図して「茗」(酒に酔う)の字が充てられていると解釈できるのです。
三首目は『家持集』の「青柳の糸よりかけて春風のみだれぬ先に見む人もがな」が想起される一首です。「くもゐの庭」は宮中の庭を指し、友禅屏風が宮内省へ納められたことに対する賞賛の意が込められていると考えられるでしょう。いずれの首も、名文を踏まえて巧みに詠みこむ、詠み手の力量がいかんなく発揮されています。

価値を伝える

一部の歌の冒頭に○とあるのは、忠秋と同じく宮内省の御歌掛をつとめた高崎正風(1836~1912)による印とみられます。由来書には、忠秋が歌を詠んだ後に言葉の良し悪しを正風に評価してもらい、特に優れているものに印がつけられたとの顛末が語られています*2。完成した〈十二ヶ月禽獣図屏風〉に対し、渡忠秋が歌を詠み、高崎正風が評価し、それを榊原文翠が由来記にまとめ、今に遺る。そのようなリレーを経たからこそ、今でも私たちは、完成当初の屏風を目の当たりにした彼らに作品の価値をたずねることができるのです。

また、由来書には友禅屏風を見た忠秋の「あたら見てのみやみなんはほいなし」(ただ見るだけで済ませるのはもったいない)という心情が綴られています。宮内省に納めるため念入りに制作された屏風に対し、持てる技術の限りを尽くして言葉を添えずにはいられないという忠秋の感動ぶりが、目に浮かぶようです。

*1 黒田譲『名家歴訪録 上編』黒田譲、1901年
*2 由来記の由来書部分の内容については前回のコラム「作品の由来をたずねる」をご参照ください。

text:林春名(千總文化研究所 研究員)
>千總文化研究所

価値をたずねる」展

千總ギャラリーについて

千總の所蔵品を展示するギャラリー1、現代の作家の作品を扱うギャラリー2にて、
同一のコンセプトのもとに展覧会を開催します。
パトロンとしてアートを支え、また生み出した歴史を背景に、
現代に工芸とアート、伝統と創造、過去・現在・未来が交差する場として、美との出会いをご提供します。