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COLUMN

2023年06月20日

作品の由来をたずねる

本コラムは千總ギャラリーで開催している展覧会をより深くお楽しみいただくために、展示作品について深掘りし、会場では触れられていない時代や文化の背景などを取り上げます。
今回は、ギャラリー1で開催中の「価値をたずねる」で展示している〈沈南蘋画幅友禅染由来記〉をご紹介します。

〈沈南蘋画幅友禅染由来記〉は、明治神宮所蔵の〈十二ヶ月禽獣図屏風〉(十二代西村總左衛門制) について、前半は作品が制作された経緯が記され、後半では関連の歌が詠まれています。本コラムでは前半を読み解き、要約してご紹介します。後半の歌についてもコラム「友禅屏風によせる歌」で取り上げます。

榊原文翠筆〈沈南蘋画幅友禅染由来記〉明治18年 千總蔵

書き出しは、沈南蘋の描いた十二幅を三井高福氏が秘蔵していたこと、そして友禅染の西村が国内外に名が高くなってきて、朝廷にも知られるようになっていたことが記されています。


明治12年6月に南蘋の十二幅を友禅染にうつして屏風を調進するよう、西村は宮内省から公に仰
せつかったとあります。夜となく昼となく励んで制作された作品は見る者を驚嘆させるほど、元本画にも増して素晴らしいものとなり明治13年1月に進呈したところ、天皇の遣いから褒美を賜ったといいます。

話題は変わり、本作の後半の和歌が書かれた次第が記されています。

歌を詠んだのは渡忠秋という、宮内省でに歌で仕えていた人物です。西村とは知った仲だった繋がりから屏風を見る機会を得たところ、いたく気に入り「見るだけで済ませてしまうのはもったいない」と軸ごとの画題を元に十二首の歌を詠んだそうです。
もう一人、高嵜正風という人物も登場します。正風は忠秋と同じく宮内省に仕え、その関係から忠秋が歌の良し悪しを正風にたずね、正風が特に優れいている歌に紙に印をして返したと記されています。忠秋の没後、渡瀬という女性が保管していたものを西村が知るところになり、渡瀬に頼んで譲ってもらったとあります。

由来記を作成したのは画家であり国学者としても活動した榊原文翠です。千總では文翠の絵画作品や手紙を所蔵しており、西村との交流があったことが窺えます。西村から由来書を依頼された文翠は、忠秋に歌を送るよう頼み、正風とも仲があったため、この由来を不完全な言葉では言えないと筆を取った、と締めくくられています。

千總ギャラリーについて

千總の所蔵品を展示するギャラリー1、現代の作家の作品を扱うギャラリー2にて、
同一のコンセプトのもとに展覧会を開催します。
パトロンとしてアートを支え、また生み出した歴史を背景に、
現代に工芸とアート、伝統と創造、過去・現在・未来が交差する場として、美との出会いをご提供します。