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COLUMN

2022年08月29日

近世祇園祭の残香

千總ギャラリーで開催している展覧会について、より深くお楽しみいただくために作品を深掘りしたり、会場では触れられていない時代や文化の背景などをご紹介します。今回は「千總の屏風祭」展で展示している祇園社に関連する作品について、祇園祭や京都の町と千總との関係性とともにご紹介します。

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今年の祇園祭では、神輿渡御と山鉾巡行が3年ぶりに催行され、大勢の人で賑わいました。千總の所在する御倉町(みくらちょう)は現在では山や鉾を出していませんが、江戸時代までは少し異なっていたようです。その名残を示す千總コレクションのひとつが、対幅〈牛頭天王神号軸〉、〈祇園御社古図〉です。

牛頭天王神号軸 ※会場にて展示中

「牛頭天王」と墨で横書きされた神号軸。牛頭天王は疫病除けの神であり、かつての祇園社(現在の八坂神社)の主祭神とされ、他方で祇園祭の背景にある祇園信仰の神を意味しました。潔く揮毫された漆黒の四字からは底の知れない迫力が漲り、観る者は一目で除疫神・牛頭天王の異形性を理解できるかのようです。落款から、本神号軸の作者は黄檗宗中興の祖と称された萬福寺第5世住持で、詩文の名手でもあった高泉性潡(こうせんしょうとん、1633~1695)と考えられます。

展示室中央のケース(写真手前)に展示

神号軸とは御神名を揮毫した掛軸で、一般に牛頭天王の神号軸は祇園祭の際に山鉾町の町会所に奉懸されます。現在も複数の山鉾町で「祇園牛頭天王」の軸を拝見でき、おそらく御倉町でも同様に本作が懸架されたと推測されます。ただし、現存する殆どの神号軸が竪(たて)幅である一方で本作は横幅に仕立てられているため、現代の町会所とは異なる環境のもとに披露されていたのかもしれません。

祇園御社古図

〈祇園社古図〉部分拡大図
株式会社千總所蔵

社殿を中心にして、祇園社の神域が描かれた掛軸。平面であらわされた楼門や宝塔などの建築物と周囲の樹木が、的に整然と配置されています。名称の記された各建築物には、特徴をとらえた彩色が手際よく施されています。

本作は八坂神社に現存する重要文化財の隆円筆〈紙本著色祇園社古図〉(1331)の模本で、文政3年(1806)6月に浮世絵師の速水春民(?~1867)により制作されたことが、墨書から明らかです。また同様の祇園社絵図は、御倉町からほど近い役行者山を出す役行者町にも伝わっていることが過去に報告されています。

他方で『扁額規範』(1807)には、祇園社の絵図が御倉町と役行者町に所在し、さらに役行者町は6月13日の宵山飾りとして披露した旨の記録が確認できます。御倉町の飾り付けについては記録されていませんが、祇園社の絵図が祇園祭の礼拝の用に供されていたことは特筆すべき点で、おそらく本作も祇園祭の際に懸架されたと考えられます。

近世までの祇園祭

対幅〈牛頭天王神号軸〉、〈祇園御社古図〉は、明治6年(1873)に千總が御倉町から譲り受けたものであり、元来御倉町で保管されていました。保存箱の蓋裏には、

文政四巳年祇園神與(ママ)三條通
需古切修覆之 御倉町

※翻刻 林春名(千總文化研究所)※括弧は筆者が追記

などと記されており、両作が祇園祭の神輿渡御に関係する資料であることがわかります。

『祇園㑹細記』(宝暦7年)国文学研究資料館所蔵 (クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 ライセンス CC BY-SA)

御倉町は応仁の乱までは楊雄山(ようゆうやま)を出していたことが知られています。その後、御倉町は主に6つの町と共に、頗梨采女(はりさいにょ)(櫛名田比売と同体とされる)の宿る神輿の渡御を担いました。こうした町は、江戸時代以降に轅町(ながえちょう)と呼称されます。当時の轅町の活動は神輿渡御だけでなく、山鉾町とともに祇園祭を営む祇園社の建築物や四条大橋の修復を担うなど、その内容は多岐にわたっていました。千總には轅町や祇園社の寄附に関する歴史資料が複数現存するために、なんらかの役割を持って関わっていたことが推測されます。なお、轅町の制度は明治時代初頭に廃止されました。

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はたして、〈牛頭天王神号軸〉、〈祇園御社古図〉は祇園祭でいかに飾りつけられていたのか、想像は膨らむばかりです。対幅に取り合わせられた大胆な模様の金襴裂は、活気ある轅町の残香なのかもしれません。

text: 小田桃子(千總文化研究所 研究員)
> 千總文化研究所

「千總の屏風祭」

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