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COLUMN

2024年03月22日

御所解歳時記

本コラムはギャラリー1で開催中の「舞台は御所解」展をより深くお楽しみいただくために、作品にまつわる時代や文化などの背景をご紹介します。今回は会場では触れられていない御所解模様を取り巻く環境を読み解くことで、作品に対する理解を深めていきたいと思います。

御所解模様のうつろい

現代の着物は、生地の種類は何か、紋を入れるか入れないかなどの特徴により、その格が変わってきます。格によって着用できる時や場が限られていることは、日ごろ着物に親しんでおられない方でもきっとご存じでしょう。
では、本展で取り上げた御所解模様はどうでしょうか。御所解模様が誕生した江戸時代、それはどのようなTPOにおいて着用されたのでしょうか?

「御所」は皇族の居所に使われることの多い言葉ですが、江戸時代に御所解模様の小袖を着用したのは皇族や公家ではなく、武家の女性たちでした。
御所解模様とは後世の呼称ですが、細かな糊防染や刺繍で風景を描き、古典文学や謡曲に取材したモチーフを紛れ込ませて物語を表現した文様を現在こう呼んでいます。

左)〈春秋草花模様小袖〉(江戸時代後期、千總蔵)

右)〈雲霞桜樹模様単衣〉(江戸時代後期、千總蔵)

一見して同じような見た目の御所解模様ですが、本展で展示中の〈春秋草花模様小袖〉と〈雲霞桜樹模様単衣〉とを見比べてみると、様式に明確な違いがあるのがわかります。すなわち、全体に文様を表す総模様であるか、腰から下のみに文様を表すかということです。このような違いはどこから出てくるのでしょうか。

御所解の違いを生む規則

武家の女性が毎日着るものは、将軍家や各大名家によってそれぞれの服制に定められました。着用者の立場や既婚・未婚の区別、季節などに応じて、女性たちはそれぞれ格にあった生地の織りや色、適切な柄の高さの衣裳をまとったのです。

御殿の一年

武家の生活において1年は大まかに3段階に分けられ、それぞれに着用する衣裳も異なりました。
江戸城の大奥では、年始や五節句などの年中行事には礼装として白・赤・黒を基調とした綸子地に草花や有職文様を配した打掛、毎月1日・15日・28日の式日には季節に応じた織地の白・赤・黒の衣裳、そしてそれ以外の平日や五節句の御召替えには縮緬地に染めや刺繍を使った御所解模様を含む様々な衣裳が着られました※1。

さらに、それらに加えて季節に応じた衣替えがあり、時期によって次のような恰好を基本としていました。
4月1日から5月4日、9月1日から8日は袷下着に袷の表着、堤帯
5月5日から8月末日は単衣もしくは帷子に堤帯
9月9日から3月末日は打掛姿 ※2

ここに着用者の立場がかけ合わさると、一口に御所解模様といっても生地や柄の面積の選択に様々なバリエーションが出てきます。

柄の高さは身分の高さ

平日の装いだった御所解模様にも規則がありました。例えばそれは柄の高に見て取れます。
裾から肩まで柄のあるものは将軍の御台所、大名の正室や上位の女中にのみ許された格の高い衣裳でした。さらに裾から背中や右袖まで柄のかかるものは中模様、裾のみのものは裾模様に分けられ、身分によって着られる柄の高さが決まっていました。
また総模様の中でも綸子地は格が上、御所解模様に多い縮緬はその下と決まっていたようです※3。

これらの規則などを鑑みると、冒頭で示した作品のうち〈春秋草花模様小袖〉は高位の女性が秋から冬の間に着用した打掛、〈雲霞桜樹模様単衣〉は奥に仕える女中が夏期に着用した単衣であると考えられます。
なお、後者のように中模様や裾模様に主家の家紋を入れた形式の小袖は主人から女中へ下げ渡されることがあり、こうしたものは御紋裾と呼ばれました。

御所解模様のある風景

御所解模様は一般に言われるように型にはまった表現にとどまってはいますが、色とりどりの染めや豪華な刺繍をたくさんの女性が身にまとって暮らす風景には、武家の威厳がにじみ出ているように思われます。

また、御所解模様がさまざまに展開する背景に古典文学の知識が共有されていたことは、コラム「御所解模様を読む」でご紹介しました。御所解模様は単なる衣服の文様ではなく、奥御殿での生活の中で教養や一体感を演出するものでもあったのです。

「舞台は御所解」ですが、武家の奥御殿を舞台だとすれば、そこに登場する女性たちにとって御所解は決して欠かせない小道具であったといえるでしょう。


※1 南紀徳川史刊行会編『南紀徳川史』第16冊、南紀徳川史刊行会、1933年
※2 増田美子編『日本衣服史』吉川弘文館、2010年、古屋祐子「『御所解模様』について」『杉野女子大学・杉野女子短期大学部紀要』杉野女子大学、2001年
※3 三田村鳶魚『御殿女中』青蛙房、1964年

text:林春名(千總文化研究所 研究員)
>千總文化研究所

舞台は御所解」展

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パトロンとしてアートを支え、また生み出した歴史を背景に、
現代に工芸とアート、伝統と創造、過去・現在・未来が交差する場として、美との出会いをご提供します。